意志と執着

意志と執着。
その定義としては
似て非なるものであるということは
明白であるのですが、
実際に生きていく中で
この二つの区別を付けるのは
非常に難しい事です。
ある目的があって
それに向かって進もうとする行為の
どこまでが自らの意志で、
どこからが執着なのか。
ここで迷うと
人生というものは
本当に迷路のように
なっていってしまうもの。
であるからこそ、
この二つの性質については
よくよく知っておかなければ
ならないのではないでしょうか。
意志というのは
建設的です。
目的への過程で
何かしら常に積上ってゆくもの。
そしてひとつひとつ
物事を解放していきます。
そして何でも赦し、聞き入れる。
執着は
渇望以外の何ものでもありません。
常に飢え、乾き
そして動かない。
ひたすらそこに居ようとし、
引き込もうとし、
絶対手放すものかと
物事を呪縛していきます。
そして可能性を閉ざし、聞き分けが無い。
執着からは破滅しか生まないでしょう。
何故なら
得ようとするばかりで
与える事を知らないから。
手に入れるばかりで
育もうとしないから。
枯渇は枯渇を呼び
自らを苦しめるのです。
逆に意志というものは
ひとつひとつ
目の前の壁を解き放っていきます。
自分を縛り付けていた物事から
解放される為の力となります。
そして気づけばそこに
何かしらが育っていた。
それこそが意志の力のなせる技。
執着は心を
重くし、痛くし、悲しくさせます。
そして動けなくなる。
意志は心を
軽くし、心地よくし、癒します。
そして飛び立ちたくなる。
道に迷ったら
闇の手は強い心で振り払い、
まっ先に
明かりのある方向へ
駆け寄っていけば良いのだと思います。