閉塞した哲学

最近、とある哲学の本を読んだのですが
これがまた非常につまらなかったです。
もちろん、著者も内容も伏せておきますが・・・。
これは僕がたまたま
そういうつまらないと感じる本を
掴まされているだけなのかもしれませんが、
どうも総じて
過去の偉大な「哲学者」のロジックを
引き合いに出して
論理のパズル、言葉遊びに終始するばかりで、
ストレートに言ってしまえば
「で?」
で終ってしまう内容のものが多いように思えます。
いや、僕が
そういう本ばかりを手に取ってしまう
性を負わされているだけなのかもしれませんが・・・。
あくまで、今まで僕が読んできた
「現代の哲学書」と言われるものに
限定した評価ではあるのですが、
どうも
「過去の偉大な哲学者の言う事を
自分は理解出来る」
という卑小な優越感で
難しい言葉のあやを駆使して
結局、なんだかんだで
お茶を濁しているものが多いと感じます。
これが「哲学」であるというのなら、
僕が求めているものは
きっと「哲学」ではないのでしょう。
そもそも僕は
俗に言われる「哲学」を
知らないし、興味も無いのかもしれない。
というか、こういう
くだらないプライドを持った
卑小なる者たちの言葉遊びという
壁を作ってしまって、
おいそれと真理を求めようとする人を
追い返しているような気がします。
これでは誰も「哲学」に付いてこようとはしないでしょう。
何故なら、「哲学」が
逆に本質を遠ざけているのだから。
そしてロジカルに弁証された
裏付けが無いものには、
「自己啓発」だの「スピリチュアル」だのという
レッテルを貼って嗤うようでは、
後進の新しい思想を持つ人間など
育つ筈も無いでしょう。
僕自身、いろいろ考えました。
本当にありとあらゆることを
見て感じてきました。
そして今の段階で僕が言えることは
ただ一言。
『とにかく愛そう』
凄く、本質に近いと思うのに
「哲学」というものは
これだけ素朴なのに
根拠の無い答えを一笑にします。
こう言えばきっとこう返ってくるでしょう。
「ふん、はいはい。ところで、ヘーゲルが~」
正直、閉塞しているのは
一体どっちだと言いたくもなるのです。
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