ネットは鏡

先日読んだニュースです。
アメリカの調査によると、
ツイッターでの論調と
実際の世論は必ずしも一致しないのだそうです。
そして、全体的に
否定的な意見が多いのだそう。
ここ大事です。
そう、ネット上での人の意見は
否定的なものが多いです。
日本でも。
便利なコミュニケーションツールである
ネットも所詮、
使う人が使えばゴミ溜めになってしまう。
相互理解のためのネットが
そうした本来の目的以外の、
人の精神のカタルシス作用を引き起こす
ツールとなっているという事。
簡単に言うなれば、ネットが
愚痴を聞いてくれる相手になっているのです。
ネガティブな心境の時というのは
心が閉鎖的になり
自分独りの殻の中に閉じこもるから、
そうした時に
手軽に鬱憤を吐き出せる場所となると、
やはり今の時代、必然的に
そこはネットの書き込みになってしまうのですよね。
そもそも、いわゆる「リア充」と呼ばれる
状況下にある時は、
ネットに何か書き込む事など
二の次になってしまうものなのですよね。
ネットの書き込みで
ポジティブな内容のものは
大抵が事後報告だったりします。
今、もっとも楽しい瞬間を
ネットに書き込むなんて、
意図的に「今、最高です」と
アピールしたい場合を除けば、
まずほとんど無いのではないでしょうか。
そしてまた、穿ってみるならば
「今、最高です」と
人に知らせたがる人は果たして
本質的に充実した「今」を送っているのでしょうか。
本当に「今が最高」という日々を送っている人が、
わざわざ、その「最高さ」を
人に見せつける事はないと思います。
そうすると結局、
本当に充実している人の
楽しい出来事は結果的に
事後報告になるのです。
それはもう過ぎた事で、
充実している人は次の新しい
充実した時間へと通り去っている。
その一方で、
リアルタイムの愚痴はどんどん
書き込まれ、雪だるま式に
そのネガティブな論調が大きくなっていくのです。
ここで賢さが必要なのでしょう。
ネット上でネガティブな書き込みに
迎合してはいけないという事。
それらネガティブな書き込みの正体たる
核というものは、誰かが発した
一言の愚痴だったりするのです。
案外、根も葉もない事だったりもするのです。
心が異常事態下にあるから
バランスをとるために
ネットにネガティブな事を書き込むのです。
心が正常で、平穏無事に過ごしていたら
書き込むべきものなど
そうそう無い筈なのです。
この雪だるま式に膨れ上がった空気に
埋もれてしまうと、
一気に視野が狭くなります。
自身の意識の状態に合った内容の
書き込みばかりを追うようになると
歯止めが利かなくなるのです。
そういう意味ではやはり、
日本人も含めたアジアの人間は
ネットの使い方が下手だなと感じます。
破壊的な方向でしか
コミュニケーションツールを利用出来ない。
これでは矢を持った原始人と
同等のメンタリティしかないと言われても
反論出来ません。
人間のメンタリティに隣接したツールなだけに、
使う人の精神性が丸分かりになるのです。
嘘はつけないし、
それどころか
隠すべき物事が筒抜けになってしまう、
それがネットの世界なのだと思います。
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