患者のモラル

この前、ネットのニュースで
「ドクターショッピング」という
言葉を目にしました。
この言葉自体は僕自身、以前から知っていました。
精神の病に罹った人が、
その精神の不調が治らないからと言って
ころころと
かかりつけの病院を変わるというものです。
もちろん、本当に信頼のおける
医師に出会う事は
非常に重要だし、大前提ではあるのですが、
精神の病の他にも
いろいろな病気に対して医者にかかると、
インターネットで仕入れてきた
病状や処置法といった情報を
引き合いに出して、
医者に対して
ああしろ、こうしろと言ってくる
患者さんが結構いるそうです。
医療は売り買いするものではなく、
受けるものと施すものという
関係性にこそ本質があると感じます。
治療を売ろうとする医者がいれば
それはそれで問題ですが、
医療を買うものと考えている
患者の姿勢はより問題だと思います。
まあ確かに、
僕が今年のはじめ入院して
手術した身で、
その当時、
自分の症状をネットで調べて出てくる
病状の評価の指針や
それに対する処置法の通りの
治療を受けました。
正直、僕に付いて頂いていた
医師の方がしようとしている処置を
あらかじめ僕は
情報として知っていたし、
事実、基本的にその通りの治療を受けました。
これは僕だけに限った事ではありません。
誰でもネットで検索すれば得られる情報です。
ここで勘違いをしてはいけないのです。
患者は自身の病状に関して
医師と同等の知識を得たという
勘違い、錯覚。
そしてその浅知恵から導きだされた
浅はかな治療を売れという
患者は患者としての慎みを
欠いているように思えます。
はっきり言ってしまえば、
ネットで出てくるような
処置法、治療法などは
医療のごく表層的で具体的な
メソッド、システム、ガイドラインとしての
情報に過ぎず、
それらを
医者はあたりまえのこととして
熟知、把握していて、
そのうえで
「あなたはこの病気によって
こうした症状、状態が顕われている」
という部分を診ているのです。
同じ病気の評価でも
人それぞれの個人差という誤差も
きちんと頭に入れたうえで医療方針を決めて、
それに沿ったケアがなされるものなのです。
病気に罹った自分は
その病気に対して普通、
自分の症状という症例しか知り得ません。
しかし医師は
その病気から起こるいろいろな
臨床例を経験として知っています。
故に、知識や
治療に対するディレクションに関して、
患者は医師と対等に
客観的にディスカッション出来るだけの
あらゆるものを
そもそも持ち合わせてはいないのです。
治療のディレクションに関しては
患者は出来る限り口を出さず、
医療のプロである医師を
信頼し任せる事が
患者としての礼儀であり
プライドであると感じます。
それは
先に述べた
医療を「買う」という意識では
医療との適切な関係性を保てないという事です。
医師と患者との関係は
ひとつの病気を克服するという
共通の目的を持った
チームワークによって
スムーズに流れます。
それは難しく、重篤な
病であればあるほどに。
患者は
病んだ事を嘆いて
痛いのを治せ、
苦しいのを治せと喚くだけではいけません。
自分は臨床例の一人であるという
高い意識を持って、
医師が提示する治療の方向性を理解し、
それに対して協力的な
姿勢でいることが
結局、医療自体をスムーズにしますし、
時には良好な結果を得る事もあるでしょう。
医療の質と言うものは、
医療を施す立場の者の質だけを
評価するだけでは計れません。
医療を受ける立場の質も高くあって
はじめて良質の医療になると思うのです。
それでも保険適用外の
最新鋭の治療を受けたいと言うのなら、
どこかそれを施してくれる
人や国を自費で見つけて受ければ良いだけの事。
早い話が、
患者は患者なりのモラルをもって
医療を受けよという話です。
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