恋の残り香

読んだ方もいると思われますが、
先日、アメーバのニュースで
恋が終ったら後悔しがちな事ランキング
のような記事が出ていました。
終った恋で後悔する事に
大多数の人が
「ちゃんと好きと言えば良かった」とか
「ダメもとで告白すれば良かった」
と思っているという
アンケート結果なのですが、
このアンケートの数字的な信憑性はともかく
生々しくもリアルな
内容だなと思いました。
そう、好きなら
好きとはっきり言った方が良い。
言えなくなってからじゃ遅いんですよ。
怖じ気づいていると
そのうち本当に、好きと言える
チャンスを逃してしまうもの。
愛していると感じたら、
その気持ちは伝えた方がいいのです。
ただ、
愛の告白というのは
つまるところ
求愛なわけで、
純粋に思えば思うほど
想いの深さに比例して
その想いは
本能に近いものとなるし、
相手もまた
同等の本能に近いステージで
その気持ちを受け取るから、
合わないと
かえって
本当に心底、
生理的に気持ち悪がられたり
する事があるのも
恋の皮肉ではあります。
しかし、こればかりは
本当に致し方が無い。
求愛に対するマッチングが
適わなかった事例ですから、
これは事実として受け止めなければならない。
しかしながら、
こちらの純粋な想いを
同等のステージで受け入れてくれた時の
至福感は
これまた喩えようの無いほどに
素晴らしいものでもあるのです。
これが恋。
上手くいくのも恋なら、
上手くいかないのもまた恋。
上手くいく恋ばかりを求めていたら
豊かな人間には成長出来ない。
傷つく事を覚悟して、
傷つくものだと承知して、
愛する人には
好きと伝えた方が良い。
それで相手が受け入れてくれれば
「アタリ」だというくらいの
認識で捉えた方が良いのだと思います。
僕も実際に経験がありますが、
やはり
好きと伝えられなかった、
好きと言えなかった恋というものは、
後に未練を残しますし、
いろいろなことが過ぎ去ってから
思い返してみて
客観的にもったいないなと感じます。
恋した者は
想っているその気持ちを
相手に伝える権利を持っています。
これを行使するかしないかは自由ですが、
行使するなら
残念な結果に終っても
しっかり受け止めなければならない。
結果を見るのを怖れたり、
見たくない結果を受け入れられずに
いつまでもウジウジするのも
またひとつの良い人生経験でしょうが、
そう何度も同じそれを繰り返していては
成長が無いし、
成長出来ない感情の部位を残していると、
不思議なもので
同じ過ちを繰り返してしまう
経験をし続けるもの。
それは、
「こうすることは失敗だったのだ。
今度は別のやり方もある筈だ」と
気付くまで
何度も経験するでしょう。
いずれにしろ、
そうした心の成長も
まずは
好きと伝える事からはじまるのです。
想っているだけでは駄目。
実際に相手に気持ちが言えないと
人間、成長出来ないし
本当に先に進めないのです。
故に、
好きと伝えた方が良い。
明日には
伝えようにももう
その人はいない
という事のないように。
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