『喋る猿』の出現

この記事を出すタイミングを
完全に逸してしまった感がありますが・・・。

何日か前のニュースで
今後、10年から20年の間に
人間から
人工知能やロボットに置き換わる仕事
というものを挙げるというものがありました。

そのニュースでは
現在ある仕事の中の
およそ半分弱のものが消えると予想していました。

その消える職種を見ると、
現在の多くの人が失職します。

特に製造業は絶望的です。

しかし、本当に
将来約半数の人が
仕事をコンピュータに奪われるような
事態が起こりうるのでしょうか。

名古屋で言えば、
その隣に自動車メーカーの「トヨタ自動車」があって、
ここには豊田市という「市」ができるほど、
トヨタに関連した仕事をする人と
その人たちが生活する上で必要な
二次的な業種を生業としている人が住んでいます。

上述の原理で言えば
トヨタ自動車の従業員だと9割がたが
将来、失職するかもしれない。

そうしたら豊田市は
一気にスラム街になってしまうかもしれません。

そうなるでしょうか?

そうならないように
人はいろいろな策や仕組みを作って、
「人の雇用」を無理やりにでも
創出し続けるでしょうから、
この先20年では半分の仕事が
無くなるということはないと思いますし、
無くなっていくにしろ
少子高齢化社会の流れに乗って、
体力を使う仕事から順番に
無くなっていくのでしょう。

ただ、わざわざ人がやらなくてもいい仕事である
という認識が生まれると、
いろいろと価値観の変化が生じてくるのも
事実だとは思います。

消えていく職業がある一方、
生き残る職業もあります。

それらに共通するのは、
人と接し、つながることを要求される業種です。
食えない職業、ミュージシャンが
生き残ると言われているのは皮肉です。

結局、肉体労働や事務仕事が
不要な世の中での価値観というものは、
『自分は何をする人か』という
自分自身の実存を問うてくるのでしょう。

今の時代はまだ、
「自分が生きていることの役割」というものを
考えなくても生きていける時代です。
一般的、基本的に
何も考えなくても、
何かしらのノルマ分の仕事をすれば
それに対する報酬が得られる時代です。

けれど、専門性が低く、
かつマニュアル通りのルーティンワークで
事足りる職種に
人工知能やロボットが侵食してくると、
何も考えずに生きていた人は
路頭に迷うでしょう。

物質的にというより、
精神的に路頭に迷うのです。

自身の実存という部分を
十分に哲学できなかった人の
存在意義がなくなるのです。

何をしていいかわからない人は
何もわからないまま
人生の時を過ごし、
何の意味もないまま死を迎える、
いわば
『喋る猿』
という種が現れるのかもしれません。

今の人類が直面している
メンタリティの二極化は、
より本能的で動物に近い種と、
コンセプトを創造、創出できる
より概念的に神に近い種とに
分化するその転換点で起きている
現象なのかもしれません。