模索の代償#11

こうして僕は
統合失調症の治療を受ける事となりました。
統合失調症の治療には
主にメジャートランキライザー(強力精神安定剤)が
使われます。
しかし、強力精神安定剤というだけあって、
副作用も強力です。
このメジャートランキライザーの飲みはじめて
ほどなくして、
いわゆる妄想、幻覚の類いは
たしかに無くなりました。
しかし、その薬の副作用で、
体が痙攣を起こしたように
ぶるぶると震えはじめ、
さらには
「アカシジア」といって、
じっとしている事が出来ず
絶えず動き回らなければ落ち着かない、
いや、動き回っても落ち着かない、
そんな症状までも顕われはじめたのです。
そんな状態ですので
何をするにも集中できず、
常に落ち着かずに、ぶるぶる震え
頭を掻きむしりながら
自分の部屋で
そわそわと
絶えず動き回っていました。
その事を医師に話すと、
副作用止めの薬を処方してくれました。
その副作用止めを飲むと、
「アカシジア」と言われるその症状も
多少のそわそわ感は残るものの、
かなり収まってくれました。
しかし、今度は
何の理由もなく恐ろしいほどの不安感が
僕の背後を覆いかぶして、
押し倒すように襲いはじめたのです。
恐怖の対象のない恐怖というのは、
真の恐怖です。
汚泥が配水管を通り
排水溝から勢いよく吹き出すかのように、
ただただ理由もなく、
恐怖や不安が吹き出してくるのです。
そして、夏以来
そのなりを潜めていた
パニック発作を、
再び頻繁に起こすようになります。
そんな精神状態だったのが、
正に今年、2008年の正月で、
医者に行くにも当然休診で
誰も助けてくれません。
人目が怖いので
救急車も呼べません。
救急車を呼ぶ事で
僕の敵である町中の人の
笑い者になると
確信していたからです。
だから、救急車を呼ばなかったのです。
理由なき、目に見えぬ恐怖に
溺れ、息が出来なくなり
窒息しそうに思え、
呼吸は荒く、早くなっていきました。
もがき苦しみ喉元を掻きむしりました。
ベッドの上で
頭を抱えて、のたうちまわりました。
深い泥沼を溺れ、もがくそれのように
時間はねっとりと、ゆっくりしか進まず、
たった5分でさえ、1時間くらいの
長さに思えるほどでした。
決められた薬の量を無視して、
処方された薬を全部飲めば
その恐怖どもは
収まるのではないかとも思えました。
いわゆるオーバードーズと呼ばれるの
衝動に駆られたのです。
しかし、
それまでにネットで得た
精神疾患の知識から察するに、
オーバードーズをしたところで
100%、何一つ救われない事は
理解していたので、
必死に、
オーバードーズの衝動を抑えていました。
本当のところ、
オーバードーズをする事は
結果として無駄な事だからと、
論理的に考えて抑えていたというより、
オーバードーズをする事によって、
僕に与えられた薬を
一度に全部使い切ってしまったら、
次の日以降に飲む薬が
無くなってしまう事の方が
僕にとっては不都合で怖かったのです。
それゆえに、
オーバードーズを思いとどまりました。
その延々と吹き出てくる
恐怖と苦しみから逃れる為には
いっそ死んでしまった方が楽になれる。
真剣にそう思いました。
いや、正確に比喩するなら
それらの恐怖や苦しみから
逃れる事の出来る場所は、
「死」という場所しか無いように
錯覚を起こしていた、
そう表現をした方が
的を射る言い方でしょうか。
しかし、それは病気の自分が
そう思わせているんだと、
何度も何度も
懸命に自身に言い聞かせ、
ほっぺたや太ももをつねっては、
必死で正気を保とうとしていました。
それらの狂気のために、
なんの比喩でもなく
実際に、のたうつばかりの
極限をすでに超えた精神状態の中で、
ふと気付いたのです。
パニック発作を起こす時間が
いつも決まっている事に。
そして、そうした狂気が襲いはじめたのは
副作用止めを飲むようになってからということにも
気付きました。
本当は医師に相談して
断薬しなければいけないのですが、
正月休みで相談する事も出来ず、
勝手に副作用止めを飲むのを止めてみました。
すると、
それまで僕を苛め続けてきた
対象のない恐怖感や
パニック発作は
徐々に収まっていったのです。
後日、正月休み明けの
仕事始め、いちばんに精神科に行き、
医師にその事を話したら
やはり薬の飲み合わせが悪かったのだろう、
そう言われて片付けられました・・・。
こうして僕の処方に
抗不安薬が加わる事になりました。
つづく・・・。