VIII. 判断しなさい

判断しなさい。
その判断は、
誰に委ねる事も無いよう
自らの意志をもって
判断しなさい。
それは何故か。
突きつけられた難問に対する
真の答えを知っているのは、
自分自身以外に他はないからです。
結局、自分自身が決断しなければ
物事は先に進まなからです。
しかし人は言います。
人は過ちを犯すものだとか、
人は自分が思うより無知であるとか。
そんなものは
ただの幻想です。
人がわざわざ危険を冒してまで
「知恵の木の実」を食べたのには
理由があるのです。
それはただひとつ。
自分が自分で在るため。
自分の意志でものを考え、
自分の意志で答えを見つけ出し、
自分の意志で行動するためなのです。
逆に言えば、
人の意思に同調し、
人の答えを迎合し、
人の行動と同じくしては、
そこに自分と言う存在が
無くなってしまうのです。
我々の祖先は
自分が自分で在る事を、
自らの意思で選びとりました。
果たしてそれが、
人はそれでも過ちを犯すという論理を
打ち消すだけの理由になるのでしょうか。
これは言葉遊びではありません。
人は過ちなど犯しはしないのです。
過ちと言う経験を
「知恵の木の実」を食べたときと同じように
選びとっただけなのです。
過ちは経験です。
過ちがあってはじめて
人はその精神性を
ひとまわり大きくする事が出来るのです。
人が「知恵の木の実」を食べたときから
過ちを身につけ、正しさも身につけました。
それは自分が自分で在ると言う
揺るぎない証明でもあるのです。
だからこそ
判断しなさい。
判断する事こそが
人の最大の能力であり、
英知でもあるのですから。