システム

「生命」というものは
この世のあらゆる事柄、森羅万象を
普遍的に秩序立てる
いわば「システム」のようなものとして
捉えることができるのかもしれません。

肉体の生理機能は
単なるその「システムの雛形の顕れ」の
一つに過ぎないのかもしれません。

肉体は肉体という現象として
機能しているだけの存在ではなく、
物理的な肉体を超越したところにある
秩序こそが主体であり、
物理的な肉体はその秩序の結果、あるいは
客体に過ぎないのではないかということ。

「生命」とは、
肉体に先立つ精神や魂(というものがあるのなら)の
そのまた、さらに源流に座する
大いなる主体。
未分化の個。
未分化であるが故に全て。

その存在を追うほどに
それは客観性を伴って、
主観性から遠ざかっていくが故に、
「それを認識しようとしては認識できない」
ヒンドゥーのブラフマン的な存在であり、
追うことに疲れ、認識することをやめると
絶対的にそこにあって、
永続的に揺らぎ続ける波のようなもの。
ただただ、
「あるがままに波のように揺れている状態」
それ故に
「個の観点からは観測できない働き」
なのでしょうが、
だからと言ってこれは
客観の世界には、その影の欠片しか存在せず、
『個から辿っていかないと道を誤る』
ものでもあるのだと思います。

その秩序の働きのことを「生命」と呼び、
「人間の個」のように
認識することで存在しうるものではなく、
「最も理にかなった、あるがまま」に
没入することで発露する、
まさしく「それ」のことを指すものなのでしょう。