トーマスとアンジェリカ:第9話

「アンジェリカ、結婚してください。
今が駄目でも、
1年後も10年後もプロポーズし続けるよ。
そしてずっと、あなたを見守らせてもらえますか?」
「ああ、アンディ!」
アンジェリカがアンディを抱く
その細い腕はより強く
アンディの両肩を抱きしめました。
アンジェリカは確信しました。
幼い頃に見たトーマスの夢は、
今日、この冬の夜の
アンディの姿を暗示した夢だったのだと。
「涙でこんなにメイクがボロボロに落ちちゃった
おばさんだから、
明日になったと言って
プロポーズを撤回したりしない?」
アンディは優しく口元をほころばせて
微笑みながら答えました。
「あたりまえじゃない。
ずっと一緒にいたいんだ」
北風が連れてきた雪の使者は、
摩天楼に雪雲を呼んできたようです。
大きなぼた雪が
抱き合ったふたりに
まるでちゃちゃを入れるかのように
まとわりついてきます。
「行こう。ここは寒いから」
アンディはそう言って
アンジェリカをそのスウェードのハーフコートに
すっぽりと包んで、
ベンチから立ち去るのを促しました。
アンジェリカは
愛しいアンディの匂いを
大きく深呼吸をしながら感じ、
幸せな気持ちに浸りました。
そしてふたりは、
公園を出て温かな明かりの灯る
雪の降る街へと
歩き出しました。
「アンディ、車はどうするの?」
「朝になったらとりに来れば良いさ。
きっと雪に被われているだろうから
落とした雪で雪だるまでも作ろうよ」
「ふふふ」
アンジェリカの笑い声は
幼い頃の彼女よりも
ずっと幼げな、そして純真な
笑い声に変わっていました。
「ねえアンディ、どうして私が
ここに居るってことが
わかったの?」
「いったろ?僕は君を見守り続けるって」
アンジェリカは屈託の無い
笑顔をほころばせて
けらけらと笑いながら言いました。
「まるでトーマスね!」
アンディが訊き返します。
「トーマスって誰さ?」
アンジェリカはアンディの
ちょっと嫉妬まじりの強い語気に
さらに大笑いをするだけで
トーマスの事を話そうとはしませんでした。
そして
アンディの革靴の足音と
アンジェリカのハイヒールの足音は
まるでふたりでする
タップダンスのような
軽快なリズムを響かせて
遠ざかっていきました。
つづく・・・。