トーマスとアンジェリカ:第1話

アンジェリカは
子供の頃から
それはとても
美しい女の子でした。
しかし本当に心を許せる
友達というものを
持ってはいませんでした。
というのも、
彼女の両親は
彼女を母方の叔母に預け、
そして彼女の元から去って行き
預けた叔母からも
あまり多くの愛情を
注がれることなく
過ごしていたことで、
彼女の心を堅く閉ざして
しまっていたからです。
しかし
友達のいないアンジェリカにも
ただ一人だけ、
心を許せる親友がいました。
それが人形のトーマス。
トーマスという人形は
アンジェリカの美しさに
負けず劣らずの
美貌を持った
男の子の人形でした。
アンジェリカは
自分自身、気付かぬうちに
トーマスに恋をしていたのでしょう。
そしていつしか、
こう思うようになっていました。
「いつか私が大人になったら
トーマスのような人と結婚して、
温かな家庭を取り戻すの」
と。
アンジェリカは
冷たい仮住まいに用意された
物置部屋の堅いベッドの上で、
トーマスを抱いて
毎晩、語りかけながら眠るのでした。
「私が大人になったらトーマス、
かならず迎えにきてね・・・」
そう語りかけて眠る毎日を
どれだけ過ごしたことでしょう。
その夜も同じように
トーマスを抱きながら
アンジェリカは深い眠りに落ちました。
すると彼女は、夢の中で
自分の名前を呼ぶ声に気付きました。
「アンジェリカ・・・。」
その声は彼女の後から聞こえてきて、
直感でその声の主が
トーマスであることを悟りました。
気付いたのが先か後か、
アンジェリカはとっさにその声の主の
いる方向へその身体を向けようとした瞬間、
トーマスであろう
声の主はそれを少し強い口調で
制止しました。
「アンジェリカ、振り向いちゃ駄目だ」
アンジェリカは声の主の言うがまま
ぴたりとも動かず、
まるでで凍り付いたかのように
息を殺して
声の主の次の言葉を待ちました。
「アンジェリカ、そうだよ。
僕はトーマスだ」
声の主のその言葉を聞いた
憐れな美少女アンジェリカは、
ずっとこわばらせていた肩の力を
すっと抜き、
その顔をほころばせて思わず
「トーマス!」
と自分でも気付かないうちに
トーマスの名を呼んでいました。
つづく・・・。