トーマスとアンジェリカ:第3話

「でも、あの時は本当に
トーマスが私の元から去って行ったと
本気で信じてたのよ」
あの悲しい別れから
何十年もの月日が過ぎていました。
哀れで儚げだけれど、
とても美しかった
アンジェリカは
もうすっかり大人になり、
その美しさは
幼い頃のあどけない美しさとは違った
大人の美女へと成長し、
自分の生い立ちを
インタビュアーに語って聞かせていたのでした。
「でも本当のところは、
自分がどこかへトーマスを無くしてしまったのか、
それとも結局死ぬまで反りの合わなかった
叔母が見つけて捨てたというのが
真相でしょうね・・・」
そう言って遠い目をした美女は
今や誰もが認める美しい
映画スターでした。
アンジェリカは
最期まで反りの合わなかった
叔母の死後、
ハイスクールを中退し
ガソリンスタンドや
コンビニエンスストアで
アルバイトをしながら学費を貯め
ハリウッドにある演劇学校に入り、
もちまえの美貌と
その確かな演技力から
厳しい道を
ゆっくりとでしたが、
確実にひとつずつ
夢を実現させながら歩き続け、
今では押しも押されぬ
大映画女優になっていました。
今、彼女の数奇な運命に翻弄されつつも
着実に大スターへと上り詰めた
まさに絵に描いたような
サクセスストーリーとも言うべき
その半生を本にするため、
インタビュアーから取材を受けていたのです。
アンジェリカは肩から少しずれ落ちた
ラメの入った絹のストールを
今一度、肩に羽織り直しながら、
まるで白昼夢を見ているかのように
続けるのでした。
「はじめの頃は本当に貧乏で、
仕事も、演技の勉強も大変だったわ。
やっと芝居で一人前になって、
人から成功したねと
言われても
悲しいことなんて
いつも転がっていて
それにつまずいてばかりいたわ・・・」
インタビュアーは彼女の述懐に
ICレコーダーを録音状態にしたまま
声を出すこと無く
首を縦に揺らし、相づちを打つだけでした。
「でもね、辛いことがあるたびに
思い出したものなのよ。
トーマスのことをね。
きっと今こんなに辛くても、
必ずトーマスが陰で見守ってくれている、
そう思うとどれだけ辛いことでも
乗り越えられたの」
彼女の美しく潤んだ瞳は、
未だ少女の頃の輝きをたたえたまま
まるでトーマスのことを
自慢話をする時のように
得意げな佇まいを見せたのですが、
かと言ってそれが決して
嫌みにならなかったのは、
苦労を乗り越えたが故の
謙虚さを持つ
一つ間違えれば
ある意味特殊とも言える
彼女の透明な美しさが、
世俗の嫌みや妬みを中和するだけの
力を持っていたのかもしれません。
インタビュアーから見て
美しいアンジェリカは、
明らかに幼少の頃の
想い出に浸っているように
見て取ることは想像に難くありませんでした。
そこで気を効かせたインタビュアーが
口をやっと開いたのです。
「それでは、
今日はこのあたりで切り上げましょうか?
今日だけでも
かなりいろいろなことを話して頂けたので、
私もかえって今日のお話を
まとめなくては・・・ね」
美女アンジェリカは
突然眠りから揺り起こされたかのように
はっとなって、
左手にはめた金色のチェーンに
留てある時計に目をやり
「そうね。私もこれから次のスケジュールのために
移動しなきゃ・・・」
何気なくインタビュアーは尋ねました。
「お仕事ですか?」
「ううん、プライベート」
そう言って自室のソファから
渋々と腰を上げ、
インタビュアーを見送り
出かける身支度を始めたのでした。
つづく・・・。