言っても人間自体、結構えげつないウイルスのようなもんだぜよ

やばい。
ウイルスのせいでお腹が出てきたぞ・・・。

元々、1時間ほどのウォーキングは
雨天、真夏、真冬をのぞいて
毎日とまではいかないものの、
結構、頻繁にやってたんですけど、
この世情につき、可能な限り外出する頻度を減らしたら
どうしてもウォーキングが減ってしまうのです。

まあ、それはいいとして、
巷では「ウイルスに打ち勝とう!」的な
空気になってはいますが、
よくよく考えてみれば
自然環境というか、地球規模で見れば
人間そのものが結構、えげつないウイルスだと思えます。

大量の毒を吐いて増殖して、
しかも、驚異的な移動力で転移して
あちこちにコロニーを作って、
毒出して増えて・・・。
人間が「げ!コロナ!」とか言うレベルじゃない。

食物連鎖の頂点に人類がいるから
人間こそがこの大自然を支配下に置くにたる存在である、
という考え方は、明らかに人類のエゴだろうなと思えます。

自然界は弱肉強食だと言われることがありますが、
一見すると、顕れとしてそのようには見えるけれど
実はそうじゃない。
結局、自然のシステムに適った種、つまり
適応している種が生きながらえるわけで、
そういう自然の普遍的なシステムを無視した
社会システムに合わせて生きようとすれば、
種そのものが弱くなっていくのも無理ないのかもしれません。

現に、ここ数年、
ヒトの住宅街に
野生のサルやイノシシ、クマが平然と
姿を現すようになったのは、
彼ら野生の生き物が、人間を恐れなくなったからだと思います。
獣に舐められてるな、人間。
それもこれも、
人間がこの大自然のシステムを舐めて扱ってきた
ツケを払わされているだけなのですけれど。

まあ、そこまで言ったところで、結果論ですので
仕方のないことなのですけれど、
今のこの世界的な疫病禍を期に、
人間は自分たちの暮らす社会システムについて
もう少し、自然と共生することを意識したそれに
転換していく必要がある気がします。

きっと、今のコロナウイルスもやがて
ワクチンや治療薬が出てきて、下火になって
克服することができるでしょう。
けれど、また別のウイルスがやってきて
また社会が止まってしまう。
これが繰り返されると、本当に人類は衰退してしまう。

上述したように、
地球規模、自然の摂理の目で見れば、
人類は相当に悪性の生物です。
でも、淘汰されることなく
今も存在しているのは、
人類の英知あってのもの「だけ」ではないのだと思うのです。

どちらかというと、
自然にとって人類を「生かしておいて良い理由」が
あればこそ、今でも生きながらえていることの方が
大きい気がします。

自然環境からすれば、
「お前ら、自由に生きろとは言ったかもしれんけど、
好き勝手に作り変えろとは言ってへんわ!」
という気持ちがあったりするかもしれません。

そこら中に汚物を飛び散らせて
流しもしない便器を見て、
人はどう思うだろう。
やはり、次使う人のことを考えて
生きるべきだと思うのだけれど・・・。

空が晴れて、
風が吹いて、稲穂がそよそよ揺れて、
雀がちゅんちゅん。
今日も元気で、ご飯がうまい。
本当は「こんなの」こそが
ものすごく尊いことだと思うのです。
と同時に、「こんなの」に
とって喰われるのも自然なのだけれど。


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