僕が見るクローン病

正直な話、
今になって思えば
僕という人間、
クローン病と診断されて14年目。
病気が確定した頃の
僕の周りの環境、
自分のものの考え方と、
人への接し方、
ありとあらゆることが、
落ちぶれ、やさぐれ、
本当に無茶をしていたのです。
あのまま、
自分自身が無茶苦茶な
生活を続けていたなら、
間違いなく僕は
牢屋の中に入れられたか、
もしくは命すら
落としていたかもしれません。
だけどそんな僕にとっては、
結果的に
クローン病が、
そんな僕の荒んだ生活を
止めてくれたのです。
正直、病気の事を聞かされた時
僕は自分の病気であることを
受け入れようとしませんでした。
受け入れないまま数年、
それまでと同じような
荒んだ生活をしていました。
だけど、そんな生活も
僕の自我の崩壊という所に
行き着き、
引き蘢ってしまう事になるのです。
引き蘢っていた期間に、
それまでの人間関係の
全てを一切絶って、
ひとりぼっちになりました。
夜になっても部屋の電気を付けず、
いろいろな事を考えました。
それはテーマ、「鮎沢郁弥について」
を読めば分かるので
割愛させて頂きますが、
その引き蘢っていた期間こそが、
僕の思想を大きく育てたし、
僕の感性や思想が芽生え、根付いたのは
クローン病という病を患い、
荒んだ生活にストップを
かける事が出来たからこそだと、
今になって
ようやく思えるようになったのです。
そう、僕は「クローン病」になって
結果的に良かったんだ、
そう思うようになっていきます。
お陰で健全かつ健康的な生活に
身を置く事が出来るように
なったのだから。
しかも自分自身のフィロソフィという
オマケまで付いてきました。
さて、つまり僕は
何が言いたいかという本題は
ここです。
そう。
人生、生きていると、
その時、その瞬間は
非常に不運に思えて、
投げ出してしまいたくなるような事でも、
あとあとになって、
その経験が
非常に貴重な経験になり、
そしてまた、その経験こそが
自分の心を育て鍛える
ファクターとなっているという事。
だから今、
不幸のどん底に居て
叫びたくなるくらいな
状況にあっても、
それは決して不幸ではないということ。
それは、
自身の精神性を向上させる
非常に貴重な人生経験を
体験しているのだということ。
これは別に、
「クローン病」を患ってこそ得られるもの
という事ではなく、
人生のあらゆるうまくいかない事
全てに言える事だと思うのです。
不運?
いいじゃないですか。
その「不運」をたっぷり味わいきって、
己の精神性をより高いステージに
高めようではありませんか!
そういう意味において、
僕はかえって、
「クローン病」という
病気を患った事は
幸運だったと思えるのです。
厳しい食生活を強いられる
この病気も、
自分がより強い自分に鍛えてくれるのだ、
そう思えば、
買ってでも体験すべきカリキュラムだったと
僕は思うのです。
間違いなく、
僕の精神性は
クローン病を患った事によって
いろいろな事を体験することによって、
荒んだものから、
穏やかなものへと変革する事が出来たのだから。
目の前の壁は、壁なんかでありません。
自身の心を寄りよき方向へと
方向転換する為の迂回路なのです。
だから今、
なす術もなく塞がれた状況下にあっても
信じて欲しいのです。
その状況が、あなた自身を
本当に大きく、強く
成長させてくれるものである事を。
そういう意味で、
僕は「クローン病」に成るべくして成り、
そして精神が壊れるべくして壊れ、
こうやって僕という人間は
成長していくのだと思っています。